私の「演奏」

先日8月2日に市立大学で行われた「ゆかた祭り」。吹奏楽部として演奏してきましたが、その日感じたことは単純に「演奏ってこんな楽しいもんだったのか」ということ。

ユーフォニウムとは高3の頃から付き合いだして、そろそろ4年が経ちます。チューバからのコンバートで高い音が出ずに悩んだ時期もあり(今も)、音色がユーフォニウムぽくなかったり(今も)、演奏よりも作曲に目覚めてしまうという始末(今も)。

作曲・演奏など、いろいろ影響されて、いろんなことに挑戦してきましたが、そろそろ腰を据えて何かやりたいと思い始めてみる。

そう考えているときに、4年間ともにしてきたユーフォニウムと、初めて「共鳴」した。

私なりの「演奏」を見つけた。

作曲者として、自分の作品を発表する手段としての「演奏」を見つける作業をここ半年間行ってきました。

正直な話、私の妄想している演奏会は、現実行っている交響の唄コンサートに比べると、演奏に必要な人数は足りていません。演奏に必要な人数を補うために、パソコンを導入して演奏活動を始めました。

しかし、演奏をしてみて感じてきた「違和感」。原因はパソコンの音色ではなく、自動演奏。感情の無い指揮者に合わせているような感覚です。

音楽とは、感情を持つものが聴衆に感情を伝えるものとして定義されます。そうでなければ、その聴衆にとってはただのノイズとして定義されます。

交響の唄コンサートでは、コンピュータで自動伴奏をさせて、シンセサイザーを演奏してみたり、ギターで弾き語りしてみたり、いろいろ挑戦してみたけど、どれも正直楽しめるものではありませんでした。練習に追われて、本家の作曲活動までも危ぶまれたこともあります。

そんな中、楽器演奏という方法以外で、何か別のパフォーマンスを模索していました。

地球ハーモニーでは、新たなパフォーマンスの成果の一つとして、コンピュータのプログラミングで音楽を奏でることを考えました。結果、新たな方向性を示唆したような演奏会ではありました。しかし、元々アコースティックな音楽をルーツとしている私の音楽とパソコンの調和は不完全だったし、何より動きが出せませんでした。感情の動きを表現し切れないことがあるのです。

そして今日、他大学との吹奏楽イベントの練習。合奏中、隣のファゴットの音が全く聞こえなかったのです。「そこの部分ファゴット演奏してる?」と聞いてみると、「吹いている」と言うのです。実際に合わせてみると、何と相手の音が全く聞こえないほど自分の音と調和していたのです。

単純なピッチの問題ではありませんでした。うなりが聞こえずに音が一本に聞こえるという経験はもちろん何度もありますし、出来て当然のことなので別に珍しいことではありません。そうではなく、フレーズの吹き方、ニュアンスまで調和していたのです。

これには驚き、相手はどれだけ合わせるのが上手いんだろうと思いました。するとファゴットの方も「音がぴったり合う…」とビックリしてました。どうやら向こうも意外だったようです。それから指揮者に注意されたとこを二人で合わせてみても、驚くほど調和していて、気持ちいい演奏でした。

この二週間ほどで、
ユーフォニウムを演奏してきて初めて演奏を楽しいと思い
初めてアンサンブルの一体感を味わった。

何もかもまだまだ未熟すぎて、ここまで四年もかかってしまって、これからも悩んでいくことなのだと思います。それでも私の音楽人生の中では大きな出来事です。

最近ユーフォニウムに関する思いつきも冴えてるし、大学祭にはおもしろいことが出来そうです。

3 Responses

  • タテマエと言った人物 より:

    そうだったのか、それはよかった。
    このまま学際も頑張ってくれたまえw

  • ガン より:

    なんかいい経験してるね~
    広島かえったら一緒に合わせてくださいな~

  • buro より:

    >タテマエと言った人物さん
    吹奏楽部には演奏者としてのみ参加しますヨ★
    >ガンさん
    広島帰ってくる日教えて下さい!サックスのおじさんも呼んでセッションしましょうw

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